fade away

ずっと気になっていることがある。

猫のことを「ネコちゃん」と呼ぶのに犬のことは「イヌちゃん」と言わない。
高等遊民という人種について。
フェイクドキュメンタリーのタチの悪さ。
能あるチンピラは爪を隠す事実。
田舎に住んでいた時にいつも感じた東京の匂い。
そしていつの間にかそれを感じることができなくなってしまったこと。

最近はそんなことを思い出しては答えに辿り着かない考えを巡らせて毎日を過ごしている。


2月にイギリスに行って以来、事態がこんなにも深刻になってしまった。
僕も帰国してから仕事がどんどんキャンセルや延期になった。今月なんていよいよもって暇である。

収入が減るということも残念だけれど、なにが一番辛いかって写真に没頭できないことだ。
ぶっちゃけ家が好きな僕からしたら人と会わないのも、毎日映画見るのも、自炊するのも全然苦ではない。むしろ好きなことの方が多そうだ。けど、外的要因から写真を撮ることができないというのはよく考えると初めての経験である。これは思っていた以上に堪える。人と会って人の写真を撮りたいなあと毎日思う。自分の写真がアップデートされていないことに毎日とても不安を覚える。
自分は自分の思っている以上に納得できないものから頭を押さえつけられることに抵抗がある様だ。

ストレスストレス。

知りたいとか、体験したいとか。知的好奇心と呼ばれる欲求が強いのかもしれない。学生時代以来眠っていた虎を起こしてしまったよう。また早く海外に行きたい。僕にはまだまだ知らないことが多すぎる。

ロシアの上空から見た景色は息を呑むほど綺麗だった。こんな原風景の様な世界が地平線の彼方まで続いている事実がやけにロマンチックに思えた。日本、まして東京に無いものなんて無いって誰かが言っていたけど、そんなの嘘だなあって毎度思う。


何年か前から泉谷さん主催の地域活性化イベントを手伝っている。地域活性化イベントと言うだけあってその舞台は「ど」がつく程の田舎である(無論僕もそう言う地方の出身である)。
そこで田舎の人が口を揃えて言うセリフがある。

「ここには何も無いですよ?」

いやいや。
101回目のプロポーズの武田鉄矢かよ。
全部ある言うねん。

人間はつくづく無い物ねだりだなと思う。
地方の人間は往々にして東京に憧れる。僕もその一人だった。そして都会の人間はスローライフとか言って田舎に憧れる。不思議である。
人は一度その環境に浸かってしまうと、それが当たり前になると、その恩恵に気付きにくくなってしまうようだ。

今何ができるかという事を考えて毎日生活している。そしてたいして何もできないという事実に毎日頭を抱えている。今回様々な自粛が要請されている中で、自分が普段どれだけ雑に生活していたのかということに気づかされる。
仕事ができること、ライブに行けること、買い物に行けること、気を許した人たちの側にいられるいうこと、つり革を握れること、ドライブできること、数えればキリがない。
もっと丁寧に生活したいと強く思った。

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